2009 / 11
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ふるーつ☆Cultivation・ドキドキハート Merry Christmas!!
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♪ クリスマス・イヴの今宵、皆様楽しくお過ごしでしょうか。

思い起こせば、自分から教会の門を叩いたのが16歳。
何の縁故もつてもなく、飛び込むように教会の礼拝に行ったのでした。
牧師さんが大変驚いてらしたことを今でも覚えています。

いろんな辛いことがありました。自分で抱えきれないと思い、
16歳で一人教会に通うことを決めました。
お坊さんのお説教でも良かったかもしれませんが、
周囲に誰一人クリスチャンがいないのに、なぜか私は自然と教会へ。

しばらく日曜の礼拝に通い、お説教を聴き、青年会に顔を出し、
半年ほどしたクリスマスの礼拝の日。
私は自分の意思で洗礼を受けました。
親は反対したままでした。

同時に受けた人達は、大半が親がクリスチャンです。
その中に、環境の違う私が一人。

私が洗礼を受けた水は、ヨルダン川の水でした。
教会の長老が、わざわざヨルダンまで旅をし、
この日の洗礼のために備えてくださったのです。

その長老が、私の「教保」に任命されました。
文字通り、教えを保てるように導く係りです。

神の教えに忠実で、聖書の言葉をよく守り、
とても親身になってくださり、教会での親代わりのような方でした。

クリスチャンになってから、教会学校の礼拝のオルガン演奏をしたり、
司会をしたり、集会に出たり、イヴの夜は聖歌隊で街を回りました。

しかし、いろんなことがあります。
通ううちに、自分が思っているのと少し違う・・・という違和感が生まれました。
それは教会そのものやキリスト教に関しての違和感というのではなく、
人はどんなに神に祈っても、正しい人間にはなりきれないのだろうか?
そんな疑問・・・愚問かもしれませんが、湧き上がって来たのです。
ずっとずっと先輩のクリスチャンの女性でさえ、
人の悪口を仰いました。
私のちょっとしたミスをしつこくあげつらうこともありました。
教保の長老は、いつも私をかばってくださいました。

そんなことがあって、人のミスを許せないのは、
クリスチャンであってもなくても同じなのだなと思いました。

私は3年ほどで少しずつ、教会に通うのをさぼるようになりました。
聖書は家で読んでいましたが、
キリスト教の布教のためという、ある種の強制された行為が辛くなってきたのもあります。
決して、強制的に勧誘する教会ではありません。
でも、私は自分の自然な意思で、ここに通い、洗礼を受けた人間なので、
自然に入信するのが普通だという観念が抜けないのです。

だから、人様に、入信を強要したり、誘ったりしたことは一度もありません。

人の汚さに疲れきって通った教会で、また人間の冷たさを目の当たりにしたり。
完璧な人はどこにもいない。
幻想から目が覚めた気がしました。

でも。

私の中には、やはり神がいます。
それは仏教ではないのです。
なぜか違うのです。

私が感じている信仰とは、神への畏怖。それだけです。
原始的な宗教に近い感覚かもしれません。
聖書の教えに色々と書かれていること。一つも守れていません。
教会にも行っていません。
クリスチャンとは言えないだろうと思っています。
でも、私が畏れるのはイエス・キリストの父なる神だけなのです。
どうしてそう感じるのか、自分でもまったくわかりません。


今でも一番覚えている牧師さんのお説教があります。

神にいろいろ頼んでしまうことがあるのが人間です。
そして、「こんな私は神がお救いになるはずがない」と思うのも人間です。
しかし、「そんなことは思ってはならない」と牧師さんが言われたのです。

「それは神を試すことになるからです」

この言葉は今でもしっかり心に焼き付いています。


私の教保の長老は、私が教会に行かなくなっても、
私の誕生日に毎年家に訪ねてこられ、
聖書やキリスト教に関する小説や勉強の本をプレゼントしてくださいました。

中には必ず長老の直筆で、
「祝・〇〇〇子姉 〇〇年6月28日」とあり、
その年年によって、聖書の中のいろいろな一節が書かれてありました。


私が完全なる仏教の家に嫁いだ後も、訪ねてこられました。
何年続いたでしょうか。
ある年から来られなくなりました。
年賀状は毎年こちらからお出ししていたのに、お返事がなくなりました。
お亡くなりになったのだと思います。

私が洗礼を受けた当時の牧師さんもお亡くなりになっています。

お世話になったのに、ずっと教会に通えなくなり、
ご心配ばかりをおかけしてしまいました。
今でもそれは申し訳なく思っています。

私の欠点は未だに直っていません。
時々ですが、ふと聖書の一節が頭をよぎります。
落ちこぼれだな・・・と思い知らされます。
「転びバテレン」と夫に言われましたが、私も自分でそう呼んでいます。
自嘲の意味をこめて。

ごめんなさい。。。と、神様にも牧師さんにも長老にも言わなきゃいけないことがいっぱいです。

これからもあまり変われないかもしれません。
本当に心から美しく正しいクリスマスを迎える日がくるのかどうかもわかりません。
神の前に恥じることがなくなった時こそ、
そういうクリスマスを堂々と迎えることが出来るのかもしれません。


牧師さんが、他の方に私のことをこう言っていたそうです。

「彼女は、私の三番目の娘みたいなものだよ」

ありがとうございました。
突然迷い込んだ私を受け入れてくださってありがとうございました。

いつも私を守ってくださった教保の長老。ありがとうございました。

来年の抱負。じっくり考えたいと思います。
自分が理想とする自分になれるように。頑張ってみたいと思います。
。。。と、イヴの夜に、いろいろ考えてみました。



アップロードファイル たくさんの方に参加していただいた「クリスマス企画」。
締め切りが過ぎましたので、メッセージの受付は終了させていただきます。
どうもありがとうございました♪
当選者の発表は、しばらくお待ちくださいねハートピンク


【Merry Christmas♪】
クリスマス・イブを心の深いところで一人静かに過ごされたのですね。
救いを求めて飛び込んだ教会でも色んな思いをされたようですが、牧師様や長老様の優しいお心は今も家主さんの胸の奥深くで輝き続けているのでしょうね。

私は神頼みはあまりしません。
誰かの為に祈りはしますが。
「これこれこういう事を頑張りますので見守って下さい」と手を合わせます。
決意表明のようなものです(笑)

さて我が家にはクリスチャンは一人も居なくて、家族に誕生日を迎える者もいて、イブの食卓にはクリスマスとバースデイどっちつかずのケーキ、お赤飯、チキンもあればチキン嫌いな人の為にお刺身も並び・・・とハチャメチャなクリスマス・ディナーなのでした。
【NoTitle】
ぷりんさんへ☆

こんにちは♪
今日はクリスマスですが、雨になりました。
ぷりんさんのお宅はお誕生日会もかねたイヴだったのですね♪
にぎやかそうですね(^^)
私も昨夜はいつもより少し食材を奮発いたしました(笑)
やっぱり食い意地が張ってますから、こんな時は地が出ます(笑)

一人静かに・・・というより、毎年この日がくるたびに思うことはあったのですが、
若い頃は世間と同じように、楽しみ優先のクリスマスでしたよ。
本当はそういうものじゃないって知ってるのに、
何食べようか、何を観ようか、どこへ遊びに行こうかって(^^;)
教会に行ってた頃のクリスマスは礼拝中心ですから、
神に祈りをささげる夜でした。
またあんな頃に戻りたいな・・・と最近思うことも出てきました。

クリスマスは楽しい日であるべきだと思います。
人それぞれ、祈りたいこともあり。願いたいこともあり。
紛争が絶えない地域でも、この日だけは休戦することも多いですもの。
人が幸せを感じられる良い一日であれば、それでいいのだろうと思います。
ただ、もう若い頃のような、どんちゃん騒ぎのクリスマスは遠慮したいな。
そういう年齢になってきたのかもしれません(笑)
というか、本来の意味に立ち返るべきという想いかもしれません。
【NoTitle】
メリークリスマス♪
私はお国柄が儒教なので、あまりキリスト教の事はしりません。ただ、いつも思うことはいつでも何かを非難したり、憎んだりしているというのはとても疲れることです。感情的になった後に思うことですが・・・感情的に思った取った行動や言動は私の場合100%後悔します・・・それでも懲りずにまたしてしまう・・それが人間というものでしょうか・・・年を重ねるにつれて、責めるのではなく、許せる人になりたいなぁっと思っています。
【NoTitle】
くおんさんへ☆

こんにちは♪&メリークリスマス!
私も実はよく解ってませんよ(笑)
解るには相当「勉強」しなければならないだろうと思います。
でも、宗教って、勉強して得る感覚とは別の、
自然と感じるもののなかにも教えがありますよね。
人間ってある面では良心的、ある面では非道な面があると思います。
100%美しい心の持ち主は見つけるのが大変かも(^^;)
でも、反省するのは必要なこと。
私もそうなっていけたらな〜って思いますが、
まだまだ修行が足らないようで。。。
儒教であれ、仏教であれ、キリスト教であれ、
自分を振り返るきっかけになればそれでいいのかもしれませんね(^^)
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HP「サン・チョボ家へようこそ」

家主です。

Author:家主です。
8匹の猫達の母業にいそしむ猫バカです。
愛玩動物飼養管理士1級です。
でも 落ちこぼれなので あんまり質問しないでね(笑)
関西在住。趣味は音楽・旅行・食べること!
でも、キュウリとアンコは嫌いです(笑)
よろしくお願いいたします☆

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サン・チョボ家の女ボス。15歳。ネット上でのあだ名は「姐御」。お外大好き。賢く好奇心旺盛。
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サンディ・チョボの甥。12歳の庭猫。毛の色がチャコールグレーに見えたり、グレーに見えたり複雑。ネットでは「兄貴」と呼ばれ愛されたが、病気療養で1年2ヶ月看護の末、2006年8月11日未明に骨髄性白血病で他界。享年12歳3ヶ月。
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2005年6月に保護し、11月に正式メンバーに。現在4歳。男の子。お茶目で活発で人懐こい性格。おやつが欲しくなると、前足で話しかける。鳴き声はいつもワンパターンで「ア〜〜〜!」
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