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家主の先祖は・・・

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ミケネコ 珍しく顔がほっそり写ったヤムヤムです。


もう12月に入りましたね。今年もいよいよ終わりに近づいてまいりました。
振り返るには、まだ少し早いけど、私にとっては、この11ヶ月はいろんなことがありすぎました。
残り1ヶ月弱。良い大晦日が迎えられるように、更に頑張る所存でございます。


さて。タイトルにもありますが、今日は猫ネタではありません。
なので、スルーしてくださっていいですよ(^^)

母が来たら、再度確認しようと思っていた、先祖のこと。
先月、彦根で大叔母に会った時、解ったような解らなかったような感じで、
その後、チラっと書きましたが、しょうちゃんからメールが来て、
「おじいさんの名前が矢馬らしい」ということで。

今日は母にそのことを話しました。

そして高知の親戚の小笠原のことも聞いてみました。

そこで、ちょっと疑問が・・・
しょうちゃんのメールには、「中島矢馬」という名前が書かれていて、
大叔母はその矢馬さんの印鑑を、今も持っているらしいとのことでした。

母「え?なんでHちゃん(大叔母)が、中島の先祖の印鑑なんか持ってるんやろ・・・?」

そりゃ、自分の祖父でもあるからちゃうの?と私は思ったのですが、勘違い発覚!

大事なことを忘れちまっていたのです。

豊子婆ちゃん(家主の母の母)と、大叔母は父親が違うのでした。
整理しましょう。

母が知っているのは、豊子の母、くにえの代からです。

①くにえは高知県生まれ。子供の頃実父に連れられて北海道に渡る。
②その北海道で、中島某氏と結婚、豊子が生まれる(富良野)。
③豊子誕生の後、くにえは中島某氏と離婚、豊子を連れて高知県へ戻る。
④その後くにえは下園氏と再婚、大叔母達が生まれる。

ということは、大叔母にとっては、中島某は無関係で、知らない相手なのですね。
そして、おじいちゃんというのは、一体誰のことを指してるのか?
なぜ、印鑑を持ってるのか?謎だらけになりました(笑)

⑤豊子はその後、高知から大阪へ出て産婆の仕事を始める。
⑥北海道から、豊子の実父が豊子を訪ねてやってきたことがあった。(昭和17~18年頃)

私の伊達町の記事に、中島英記さんの子孫のzuckyさんから初めてコメントを頂き、
もしかして共通の先祖なのか?見知らぬ親戚が、インターネットを通じて見つかったのかも?
と、ドキドキしました。

そのzuckyさんからの情報をここでもう一度。

①伊達藩の家老について開拓に行った「中島英記」は、その頃44歳。
 子どもが英馬(長男)とき能(長女)。
②英馬さんの子供は泰さん、ハルさん、ナツさん、高さん、スイさん、トメヨさん(zuckyさんはトメヨさんのお孫さん)


でも、これらの名前の中には、豊子やくにえに関係してそうな人は見当たらず。
ただ、zuckyさんの方では、き能さん(英記の長女)関係は把握してらっしゃらないとのこと。


親の名前の一字をとって、子供につけるのが昔の習慣で多かったので、
英記さんは英の字を息子の英馬さんにつけたのですよね。
でも、この英馬さんの「馬」は、矢馬の「馬」と共通している・・・

ん~?似てるなぁ。馬・・・馬ねぇ。

と、母と2人であれこれ考えました。

母 「開拓記念館に残っていた資料には、息子は英馬さんだけやったけど、
その後に、馬のつく兄弟が生まれてるっちゅーことはないんやろうか?」
家主 「そうか~同じ字がつくのは、兄弟でもあるしね。可能性がないわけやないなぁ。」
母 「もしそうなら、開拓に行った中島という先祖も共通やしねぇ」

これはあくまで勝手な推測なのですが。

小笠原の親戚については、母はほんとにわからないとのことでした。

矢馬の印鑑を持ってる大叔母・・・どういうことだろう・・・

と、ここで2人で勝手に推測しても仕方ないので、
まだ彦根に滞在している大叔母に電話をしてみました(笑)

結果は・・・

①くにえの旧姓は門田くにえ。実父は「門田矢馬」(え???・笑)
②北海道へ渡ったあと、中島某氏とは確かに結婚。
③小笠原の親戚というのは、くにえの妹が嫁いだ家。この人の名前はわからないが、息子は「まんごく」さんという男性(既に他界)

さんざん想像してたのとは違うストーリーになりました(笑)

zuckyさんからの更なる情報には、
「中島英馬さんの長男泰さん(明治11年生まれ)の奥さんの旧姓が小笠原という名字で名前がツマ(明治17年生まれ)。
小笠原末吉とマツの三女として生まれた」
とありました。

泰さんの奥さんが高知の小笠原家だったのか、どうなのか。

でも、母も言っていますが、
伊達藩から家老について開拓に行った中島氏。
小笠原という姓の親戚がいる。

この2点は、zuckyさんと共通しているんです。
やはり、まだ謎は残ったままです。

ああ、イタコさんに豊子婆ちゃんを呼び出してもらって、
婆ちゃんの父親の名前が何だったのか、お爺ちゃんの名前がなんだったのか、
訊いてみたい!!!(笑)


でも、盛り上がりました。ちょっとした勘違いから、
兄弟で馬の字をつけてるのではないかとか、勝手なストーリーがどんどん進んで(^^;)

結局、中島姓に繋がる情報は、今のところ他にわからないという結論です。


この話はここまで。

それにしても、くにえの実父の門田矢馬は、かなりの山師だったようで。
北海道に何の縁故もないのに、一攫千金を狙って、子供のくにえを連れて北海の地へ。
当時は、そりゃ外国に行くのと同様だったそうだし、
「一度北海道へ行ったら、生きて帰れない」と言われた時代だったそうです。

北海道で何をしたかというと、
その頃砂金採りがブームで、矢馬は砂金を採る人に、日用品などを持っていって、
砂金と交換してもらい、それで財を成したそうです。
それを元に、大きな材木商をあきない、
「あの山売ってくれ」と、腹巻に札束を入れて、それでキャッシュで山を買うなど、
かなり儲けたそうですが・・・
材木を運ぶのに、丸太を組んで川に流していたら、
台風か何かで、丸太が流れ去ってしまって大損。
また、樺太から払い下げの軍用馬を船で運ぶ途中、
馬が弱って、バタバタと駄目になり、大損。

成功と失敗の、浮き沈みの激しい人生だったようです。

その山師の血を引いてる家主ですが、
母の影響か、非常に手堅く生きております(笑)
でも、ここぞという時は、勝負に出ますよ。
もちろん、ギャンブルではありませんけどね(^^)



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テーマ : 今日のつぶやき。   ジャンル : 日記

スゴイですね~。

家主様、こんにちは。
本日のヤムヤム嬢、お目目が綺麗な美人さんじゃないですか!!
お顔、えらいホッソリですよね?
ヤムヤム嬢は体重、どのくらいなのでしょうか??
・・・最近、ピエが太ったもので気になるところでございます。。

しかし、家主様のルーツは探れば探るほどイロイロと出てくるんですね。
スゴイです、ルーツも凄いし、家主様の探究心も!!
最後のくだりが気に入りましたよ!
山師だったご先祖様のお話・・・豪快な方ですよね。
考える事もやる事も豪快、小市民のワタクシには想像だにつかない。。
でもその血を受け継いでいる家主様の『ここぞという時には勝負に・・・』というところは、まさに“血”なんでしょうねぇ。
ワタクシのところは早くにジーさんもバーさんも他界してしまってて、ルーツも何も辿り様がないのですが、母が言うには参勤交代がどうのこうの、なんて話をジーさんに聞いていたとか。。
福岡の田舎侍だったんでしょうかねぇ・・・。
それよりも、うちの母、昭和15年生まれでジーさん(母の父=祖父)は母が生まれる前に海南島へ召集されて、確か母が4つの時に帰還したらしいのです。
が、父の顔を知ることなく4つまで育ったうちの母・・・父親を見た時、『知らないおじさんが~、こわ~い!!』とそりゃあもう泣きわめいて大変だったようです。
それから暫くしてもなかなか父親になじめず、数年は『知らないおじさんが~。』といった感覚が続いたらしいです。
そのトラウマ(!?)からか、いまだに“オヤジ”“おっさん”が苦手らしい・・・自分も年寄りの仲間入りしている事など露ほども感じていない、勘違いなワタクシの母親です。。
そんな母の血を色濃く受け継いでいるワタクシ、何だか末恐ろしい気がするこの頃です。

12月に突入してホント、何をするにも気ぜわしいような感じですが、家主様、どうかお体に気をつけつつ、大晦日まで頑張ってください!!

考えれば感がるほど???が湧いてきますね。
私の家は依然ご紹介したとおり在日なので、韓国の方では姓がとても大切なんです。たとえば同じ「金キン」という名字にもポンガというものがあって、どこそこのキンとかっていう血統のようなものがあります。その血統が同じなら親族とみなし、決して結婚はゆるされないんですよ。見たことがない人でもね・・・同じ血統の人が何万人もいるのに・・・知らずに恋愛をしたら、とても悲しい結果になります。

ピエールさんへ☆

こんにちは♪
たまにはスリムに写ることがあるんですよね~
いつも丸々した感じなのに(笑)
ヤムヤムは最後に計った時、5キロになってました。今年の話です。
それまでは4.6キロをずーっときーぷしてましたが、
好物のカリカリが多分原因なのでしょう。
あのカリカリを食べると、うちの子はみんな太ります(汗)

ピエールさんのご先祖様は、参勤交代?お武家様だったのでしょうか(^^)
戦争から戻られたお爺様と、小さい頃のお母様のお話、ああ、そうなんだな~知らない人になっちゃうんだな~と(^^;)
仕方ないですよね。そんなに小さい頃のことだし、生まれた時にいらっしゃらなかったんですから。
でも、ちょっとショックだったかもしれませんよね。娘から「知らないおじさん」扱いは・・・しかも数年も(笑)
私の先祖は、母方が結構複雑ですね。離婚、再婚を繰り返したり、あちこち移動したりで。
山師の先祖のことは以前もチラっと聞いたことがありました。
腹巻に大金を入れて・・・田舎の成金みたいだな~って思いましたけど(笑)
商売に失敗していなくて、豊子婆ちゃんが北海道に戻っていたら、今頃は私は北海道の大店のお嬢さんだったのかも。
あ、失礼。お嬢さんじゃなくて、おばさんだ(笑)
本当の意味での勝負運があったらいいのですが。
そしたら、一発でかいことも出来そうなのに(笑)
私が勝負に出る時って、引きの勝負が多いですね~
やった方が得だとか、続けるべきだとか言われても、
これは辞めたほうがよいと思うと、損するかもしれないけど辞めちゃいます。
株の話ではありませんよ。私、株は興味ないので(^^;)
で、結果的に損してないのですよ。自分の直感にかけて勝つ方が多いです。
だから、危機感知能力があるんだと思います(笑)
以前、某証券会社のセールスレディに頼まれて、
〇〇投信をしたことがあったんですが、
「元本保証か?」と確認したら、そうだと言うので安心して4年ほどやってたんですけどね。
突然、「やめたほうがいい気がする。なーんか嫌だなあ」と思って、
利子が結構良かったのに全部解約したんですよ。
そしたら、その2週間後、同じ投信をしていた母の友達の元本割れ発覚で。
元本保証ってうそだったみたいですね~だまされてた私も私だけど、
あの時、自分の直感に従って、損せずすみました。
今やめたら損ですよってよく言われるけど、関係ないですよね。
自分の中で黄色信号が点ったら、そっちを信じます(笑)
でも、マージャンとか(殆ど出来ないけど)パチンコ(好きじゃないけど)とか、そういうものには通用しません(笑)
儲けてやろう的な勝負は向いてないんです。

くおんさんへ☆

こんにちは♪
韓国での恋愛・結婚、そんなに難しい問題が起こりうるとは知りませんでした~~・・・
どこで親族と出会うか、そんなのわからないのに。
結婚できないってわかったら、それはショックですよね。
血族かぁ。一族の団結が強い韓国ならではの考え方という感じがしますね(^^)
うちの先祖も結局は誰なのか。
ずーっとわかんないままかもしれないな~って思いました。
大叔母の話を聞くと、そんな気がしてきましたよ(^^;)
でも、いろいろ想像できて楽しかったです(笑)

おはようございます♪

きりりと引き締まった表情のヤムヤムちゃんも素敵ですね♪

家主さんのご先祖様のルーツ、何度か読ませて頂いている内に、うっすらと頭に入ってきました。
私自身のご先祖様の詳細も知らないのに(笑)
又何かひょんな事から新しい情報が出てくるといいですね。
矢馬さんのようなジェットコースターのような人生にもちょっと惹かれますが、家族の為を思うと思い切ったことはできませんね。
私の母方の祖父も何やら手広く大きな仕事をしていたようですが、何度も人に大金を貸しては全てを失ったそうです。
人が良いのはいいことなんですけれどもね・・・

ぷりんさんへ☆

こんにちは♪
はい。こういうヤムもいいものです(笑)
目がいつもよりつりあがって見えますが(^^;)

私もいろんな話をこれまで母や大叔母から聞いて、
メモにまとめてようやくわかってきたところなんです(笑)
残念ながら、中島の詳細はやはりわからずじまい。
またいつか、何かがわかるといいなと思いますが。
ぷりんさんのおじいさまも、いろいろなことがおありだったみたいですね。
お金を貸して失う・・・優しい方なのでしょうが、失うたびに失望もされたのかもしれませんよね。
お金を貸すって、本当に難しいですよね。
借りる方が容易いかもしれません。
うちの矢馬爺ちゃんは豪快なのか、無鉄砲なのか(笑)
でも、頭は良かったんでしょう。
失敗はあっても、商売人としての目先は利いたようですから。
そういう才覚が私にもあったら良かったんですけどねぇ(^^;)

家主さんへ

家主さん、こんにちは。

昔のことなのでなかなか真実にたどりつくのはむずかしいですね。
こちらでもその後分かる範囲で調べてみたものの、それらしき名前は発見出来てません。
今、手元には父から送ってもらった中島英記さんの戸籍謄本の写しと英馬さんの戸籍謄本の写しがあります。
英記さんの戸籍には英馬さんが載っているページしかないので、もしかしたらそのあとのページがあるのかないのかちょっとわかりません。
また英馬さんの子供たちの中に何人か養子をもらっているようでしたが、それらしき名前はありませんでした。その先はちょっとわかりません。
こちらも謎が謎を呼ぶ感じです。
ひとつ謎を解くきっかけとしては、当時の北海道に渡った伊達藩がいくつかあって、中島英記さんは亘理伊達藩に属していました。
他にも白石、角田、岩出山、宮床、脇谷といったのがあるようです。
父がいうには亘理伊達藩から北海道に渡った中島性は英記さんだけだったのではないかということです。
つまり、家主さんのご先祖が亘理伊達藩であって、中島某ということであれば中島英記が先祖だということになってきます。(まだ整合性のとれていないところはありますが)
同じ様に父から送ってもらった北海道に渡った仙台藩士という本には岩出山藩の中にも中島敬五郎さんという名前を見つけました。
もしかしたら他にも伊達藩で北海道に渡った中島さんは何人かいる可能性はあると思います。
私の場合、運良く戸籍謄本等で中島英記さんまでたどり着くことができましたが、名前も近いし、境遇も近い点からもしかしたらとも思う部分もまだあります。

こうしてインターネットを通じて同じご先祖かもしれない人同士がつながるというのも現代ならでは。
また何かわかればお知らせ致します。

zuckyさんへ☆

こんばんは♪
本当に、霧がかかったかのように感じます。
近づいたような、また遠ざかったような。
でも、どこか共通してるような・・・
伊達に開拓に行ったのは、他の藩がまだあるのですね。
もしかしたら、そっちなのかなぁ・・・
母は以前「仙台藩」って言ってたのですが、
仙台藩じゃありませんし、
伊達=仙台という思い込みかもしれませんね。
これ以上、私のほうでは調べることができません(^^;)
また何かわかったら教えてくださいませ。
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 いらっしゃいませ
プロフィール
HP「サン・チョボ家へようこそ」

家主です。

Author:家主です。
家猫6匹+庭猫5匹の母業にいそしむ猫バカです。愛玩動物飼養管理士1級です。でも 落ちこぼれなので あんまり質問しないでね(笑)
関西在住。趣味はピアノ(ショパン大好き!)歌うこと・旅行・食べること!
でも、キュウリとアンコは嫌いです(笑)
好きなピアニストは クリスティアン・ツィメルマンとマウリツィオ・ポリーニ。こんな私ですがよろしくお願いいたします☆

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