何をどこまで。

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母屋に引っ越してきた頃のあんずとリオ。
贅肉余りまくりの後ろ姿。


このところ、グルグルと色んな思いが頭の中を巡っている。

・・・と書きかけていたら、ハウスで寝ていたあんずがむっくと起き上った。
そして、目印代わりに置いてある小さな水切り籠の即席トイレに寝そべっている。
昨日1日、疲れが見えていたので、ひんやりしたところを探しているのかと心配になった。

でも、暫くしたら、その小さな水切り籠に目いっぱい体を入れて、きちんと前足を揃えて、籠ギリギリのところでおしっこをしているではないか。
ああ、そんな風にしていたのか。
病院で同じようにすのこタイプのトイレを用意されていた時、上半身だけ入って、あとは毛布の上におしっこをしていたあんずを見ているので、家では尿取りパッドを敷き詰めて対応しようとしたのだけど、実際は尿取りパッドを取り換えたのがたったの1度だけ。
あんずは意外にも、彼には小さすぎるサイズのカゴの中で、律儀にきちんと居住まいを正すようにしてトイレをしていたのであった。

ハウスを汚しちゃいかんと思ったか?
・・・って、んなわけないと思うけど。やれば出来るんだね。
しんどいのに、トイレはまだまだキチンとしようとしてくれている。
偉いな。ご苦労さん。ありがとう。
色んな思いがこみ上げてくる。
昨日の朝は、お宝までしてあった。
夜中に頑張ったんだね。気づいてやれなくてごめんね。


水曜日に胸水のチェックのため通院した時、病院に着いたら、カゴの中であんずがおしっこをしていた事に気付いた。
ペットシーツを敷いただけだと、それを齧って出せ出せコールをするので、最近はその上から速乾性のバスタオルを巻いているのだが、そのタオルが濡れていて、漏れシッコがカゴを入れていた70リットルのゴミ袋にまで付いていた。
そう、あんずのは量が多すぎるので、カゴから外へ漏れてしまうことがあり、タクシーに乗る際は、白いゴミ袋に入れて乗せているのだ。
そうしておいて良かった。袋が無かったら、座席を汚してしまうところだった。

診察に呼ばれるまでまだ少々時間がありそうなので、交換しようと思ったけど、待合室では難しい。
ちょうど馴染みの看護師のSさんが受け付けに居たので声をかけて、どこか場所を貸して欲しいとお願いしたら、完全個室の診察室を開けてくれた。

「何か用意するものはありますか?シーツとかは?」
と聞かれたが、替えのタオルもペットシーツも持参していたので、あんずを見ていて欲しいとだけお願いした。

診察台の上であんずをカゴから出し、Sさんがあんずの相手をしてくれている間に、急いで全部交換する。

その時、Sさんから質問があった。

「○○さんのお家には、今猫ちゃんは何匹いるんですか?」と。

あんずを入れて6匹だと言うと、「ああ、でも、まだそんなに居るんだ・・・」と返ってきた。

そう。サンディが居なくなっても、まだ6匹が家の中にいるのである。
そして、庭には居候家族。

あんずが最近、力が無くなってトイレに入っても体を支えきれなくて、伏せの状態で用を足したり、マッサージをして排便を促したり、何かと補助が必要になってきたことを言うと、大きく頷きながらこう言われた。

「自分の時間が無くなると思います」

まったくもってその通り。Sさんご自身にも確か猫が居たと記憶しているので、当然こういう経験はされてきたのだろうと思う。
ましてや、ベテランの看護師さんだから、介護をしていく中でどんな事が起こってくるのかは十分すぎるほどご存じだ。

でも、介護が大変だと言っても想像が出来ない人が結構いる中で、「自分の時間が無くなると思う」という、まさにこれ以上ない的確な言葉を言ってくれたのは、さすがだなと思った。

結構降っていた雨が上がったことで、Sさんが「雨、上がって良かったですよね。みなさん、通院が大変ですもんね」と言った。
確かに。

しかし、今の私は常にタクシーで来ている。
そのことを伝えると、大変びっくりされた。

「お金が・・・大変そう・・・」

大変なんてもんじゃない。生活費の範疇に、いまや全く収まらない。
通院治療、普段の投薬、点滴、食事費用。
おまけに、最近はチャチャの手術、そしてあんずの入院。
何十人と諭吉さんが去って行ったばかりだ。

だけど、これには理由がある。

我が家の周辺は大変静かで、車もめったに入って来ない。
人通りもあまり無い。
そんな所でずっと育ってきた我が家の子達は、大きな音に慣れていない。

今よりずっと若い頃で、単なるワクチンや、ちょっとした怪我、治療可能な病気程度なら、長い信号待ちで車がバンバン通る音を聞かざるを得なくても、そこは宥めながら自転車でいつも通っていたが、あんずの今の年齢に加え、この状態では、通院にかかるストレスが相当なものであろうことは想像に難くない。
煩い通り道、タイミングが悪ければ、ガード下を通った時に電車の音もする。
信号待ちをしている時に通るダンプ、バイク・・・あんずの呼吸が荒くなりはしないかと思う。

あんずが腎不全初期と診断された頃からタクシーを利用してきた。
最初は数か月に1度の通院だったから、何ともなかった。
今は、ご存じの通り、頻繁に通院だ。
だから、タクシー代もえげつない事になっている。
だけど、今更やめるわけにはいかない。
あんずの移動だけでも、出来るだけ静かに・・・と思うからだ。
往くもストレス、着いてもストレス、帰るもストレスではたまらんだろう。

そのことをSさんに話すと、「ものすごい愛情を感じる」と言われた。

そう捉えてもらえるのならありがたいが、中には贅沢だとか、そこまでする?とか思う人もいる。
人間だったらどうなんだ?病気でタクシーに乗るのが贅沢だと言うのだろうか?言わんだろう。
動物だから贅沢だと言いたいだけだ。
しかし、その動物は私の子である。何をどうしようとあれこれ言われる筋合いは無い。

どんなに色々してやっても、この病気を私が取り除くことも、変わってやることも出来ないのだ。
結局肝心な事は何も出来ない立場なのだ。

だから、出来る事があればと思うだけだ。

出来る事があればしてあげたい。
治療に関してもそれは同じだけど、それでも少し気をつけねばならない事もあると思った。

何のために治療しているのか。どうしてやりたくて治療しているのか。
それは誰の為なのか。
漠然と治療や介護に励んでいると、見失うものがあるような気がしてきた。

あんずを退院させる時に、副院長とあれこれ話をした。
病院で治療をして長生きさせるのも、退院して自宅で過ごさせるのも、どちらが正しい、間違ってるとは言えないと言われていたが、正しい選択は果たしてあるのか?と思う。
正しい・・・ではなく、正しいと思われる選択を・・・する・・・のではなく、したつもり・・・。
正直、どんなに悩んでも、最終的にはこの程度の事しか私には出来なかったという事になるのだろう。
そして、介護などについては、「たられば」が付いて回る事が多い。

あんずの入院中の様子、治療の結果。
長生き出来そうな気配は正直見受けられなかった。
長生きという言葉が意味するところも、どういう状態で?という事を考えるべきだとも思う。

あんずの腎臓が回復することは無い。
そもそも、腎臓は壊れだしたら回復しない臓器なのだ。
しかし、悪化を緩やかにするために、丸3年以上頑張ってきた。
この頑張りは正しかった。
しかし、それでもダメになっていくのは避けられない。

もし、入院で納得できるような数値の改善が見られたら、もう少し入院して頑張ろうと、あんずに言えたかもしれない。
でも、そうではなかった以上、病院で頑張る日々を、自宅で余生を過ごすための頑張りに切り替えた方が、あんずの為になると判断した。
同じ寝るにも、炬燵の中で飲茶姉妹に挟まれて寝ているあんずと、病院の酸素室で寝ているあんずでは、まったく別猫なのである。

長生きしてほしいと、もちろんずっと思っていたが、自分のためにそう思うのであれば、今のあんずには酷な注文だとつくづく思う。よくよく考えると誰のために?と思う。健康状態にまだまだ余裕があるなら別だが。

今のあんずに頑張らせる事、それだけがいつの間にか日々の目標になってしまっていないか。
そのためだけに自分も頑張ってしまっているのではないのか。

何だかそんな事はしてはいけない気がする。

私が頑張るのは、ただあんずを少しでも楽にしてやれる治療を選択するだけ。
勿論、胸水抜水は、あんず自身に頑張ってもらわなければどうしようもない。
しかし、給餌に関しては、以前よりも1日の量が減ってしまった事を、私は受け入れるようにしている。
食べなくなってきたことを悲しまなかったり辛く思わなかったりするわけではない。
当然、不安も生まれ、苦しい気持ちもたくさん湧いてくる。

だけど、あんずの体が変わってきているのなら、それに合った介護をしてやるのがあんずの為ではなかろうか。

あんずに頑張ってもらう事を減らしてあげたい。
胸水の処置、点滴は継続が必要だけど、給餌の量に関しては、その時あんずが食べたくないようなら無理はしない。
3食食べていたところを2食になってしまっても、それはそれで仕方がない。
1食の量が半分以下になってしまう時があっても、それも仕方がない。

頑張って目標量を食べさせて、頑張って通院して、頑張って頑張って、その先にあんずの回復があるのだろうか。
何より、更なる問題は、あんずは老衰による状態悪化も始まっているため、腎臓とのダブルパンチに見舞われだしているということ。
老衰を止める薬でもあるか、腎臓を新しくするような方法でもあればいいが、そのどちらも無い現在では、頑張る内容にも取捨選択を迫られる場合があると思う。

だから、頑張らない何かを選択すべきではないだろうか。
なら、それはまず給餌かな?と思う今日この頃。
状態によっては、給餌、給水行為が危険を招くということも一応聞いているので。

それから、寝ているだけのあんずに対して、長生きを望む事がどういう事か。

大事なのは時間の長さではなく、「質」なのではないだろうか。

人間の終末医療でホスピスを利用する方々がいる。
病院でずっと辛い治療を続けてもどうしようもない状態になった時、そのままでは悔いが残る。
なら、治療を優先する余生よりも、自分らしく生きられる環境で世話を受ける方を選びたい。
好きな事をしても良い。好きな物を食べても良い。
出来るだけ気分よく過ごせるように支えてもらえるらしい。

あんずの場合、そうしてあげられるのは、親である私や夫だけである。
入院治療よりも自宅介護の方が、状態を維持、あるいは少しでも改善という点に関してはリスクが高くなるだろう。
自宅で専門的な治療をすることは、まず不可能だからだ。
出来る事は限られてくる。
しかし、何が何でも長生きさせたいとは思わない場合、では何が大切になるかと考えると、残りの時間の「質」なのだと思う。
例えば、大好きな飲茶姉妹と炬燵に入る事や、煩い音に煩わされない環境に居る事や、私たちの手で撫でられる事。
出来れば、給餌で拘束される時間を少なくして、そっとしておいてあげること。
もしかしたら、もう意味をなさない投薬があるかもしれない。それを減らす事も起こるかもしれない。
寝ているところを叩き起こされて、口に何かを入れられる、それが1回でも減れば落ち着いて休んでいられるかもしれない。

今のあんずにとって、そういう過ごし方が一番心休まるのではないかと思っている。

通院治療以外は極力負担をかけないように。

その結果、「長生き」という漠然とした目標?から遠ざかったとしても、あんずの心の平安さが保たれるのであれば、その方が幸せではなかろうか。
長く生きる事は素晴らしい事だし、あんずも十分それを叶えてきている。
もうすぐ18歳。しかし、何歳まで生きたという記録みたいなものが大切なのではなく、本当は、どう生きたか、どう生かしてあげられたかの方が大切なのは言うまでもないだろう。

寿命を延ばすとか、治療を増やして頑張るとか、出来るだけそういう事は考えないで。
もう、3年ちょい頑張った。
ここからは、日々の大切な時間を、どれだけ楽に過ごせるか。
どれだけストレスが無いように過ごせるか。
そのために通院治療が必要なんて、何だか矛盾してる気はするが。
それ以外では頑張らない事を心にとめて、あんずの大事な時間を邪魔しないようにしたい。
正直、あらゆる事に対して頑張る時期は既に過ぎたと思っている。
それは、あんずに頑張り続ける体力が、あまりないという事に他ならない。

・・・と、そんな事を診察に呼ばれるまで、つらつらと考えていたのであったが、途中であんずの「ム~~」という、カゴから出せ出せコールの鳴き声に、Sさんや待合にいた数名の親御さんから笑いが起きた。

「可愛い~~可愛いわぁ」と覗き込む人もいた。

あんずには、まだまだ人を楽しませる力は残ってる。そう感じた。

通院にはストレスがかかり、あんずにとっては受難の時間と言ってもいいだろう。

しかし、あんずにこれだけは言いたい。

副院長がお休みの日に引き継いでくれた他の先生は、午前中に胸水の処置が時間的に出来なくて、あんずに少ししんどい思いをさせてしまったことを申し訳ないと思っていらした事。
介護してくれる男性の看護師さんは、胸水の処置の時も「今日も頑張ったもんな。よく頑張ったもんな」といつも褒めてくれている事。お薬を飲むのが上手だと褒めてくれている事。
何かあったらすぐに酸素室に入れるようにするので言ってくださいと、こっちからお願いしておかなくても心配してくれる看護師さんが居る事。
あんずの入院があってから、いつも以上に気を配ってなんでも快く対応してくださるSさんが居る事。
それから、3年以上もあんずを診て、無理のない優しい診察を心がけて可愛がってくださっている先生がいる事。

色々大変な状況だけど、あんず、お前も愛されているんだよ。
それだけは伝えておくよ。
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テーマ : 猫のいる生活   ジャンル : ペット

あんず坊の瞳の中に。

家主様、おこんにちは。
新しい記事がUPされていましたが、どうしてもこちらの方に「書かねば。」と思いまして。。

家主様の思い…痛いほど伝わってきます。
ついこの前、、と言ってももう1年以上前のことになるのですが、その時感じたことのすべてを家主様が語って下さっているような気がして。。


『偉いな。ご苦労さん。ありがとう。
色んな思いがこみ上げてくる。
昨日の朝は、お宝までしてあった。
夜中に頑張ったんだね。気づいてやれなくてごめんね』

ああ、そうなんですよ、、本当にえらい、頑張ったね、ありがとう、と同時に気づいてあげられなくてごめんねって。
何度も何度も自分を責めたりもしました。

もうここまで…3年以上も闘病、治療を頑張ってきたのですからこれ以上「頑張って。」というのは…確かに症状が少しずつでもよくなってきていて、あんず坊自身が機嫌よく楽に痛みもなく過ごせるようになってきているのなら一緒に頑張ろう!となるのでしょうが、これ以上無理にでも寿命を延ばすためだけに、、というのは親である家主様にとってもつらいですよね。
ワタクシもある時からみゃあこちゃんに「頑張ろうね。」と言うのを一切封印しました。
ご飯を食べたくても食べられなくなった時から、ほとんど寝たきりになった時から…病院へ行ってももうしてあげられることがないと判った時からはただ静かに、大好きなお家で大好きなおかあさんのそばで、可能な限り一緒にいてあげようと。。
それでもお家でできることは可能な限り何でもしてあげました。
起きている時はもちろん、寝ていても1~2時間おきに起きて様子を見て「大丈夫よ、おかあさん、ずっとそばにおるけん。」といいながら撫でて、飲むか飲まないか判らなくてもお水を替えて枕元に持っていく、お水を飲んでくれたら食べるか食べないかわからなくても好きな缶詰をすりつぶしたもの、もしくは缶詰の上澄み液だけでもスプーンですくって口元まで持っていく。
みゃあこちゃんは唾液腺に癌が進行していたのでした。
その為、嚥下困難で強制給餌ができなかったのです。
お水、液体を飲み込むだけでも痛くてつらくて苦しそうで…それでも飲みたい気持ちはある、、つらくても飲んでいました。
「みゃあちゃん、大好きよ。いつもそばにいる、安心していいとよ。」
一日に何度もそう言って過ごしました。
家主様の仰る通り、食べて体重維持すれば体力もそれに従って落ちない、、でも無理に食べることが果たしてあんず坊にとっていいことだろうか?って…それよりも大好きな場所で大好きなチャチャ嬢たちと静かに穏やかにこたつの中で安心して寝ている時間、幸せなひと時を少しでも多くする方が大切なんじゃないかって…本当にそう思いました。
あんず坊にとって大切な時間を優先させていくことが今は何よりなんですよね。
もちろん、最低限のことはしてあげた上のことですが。

家主様、お仕事も家事もチャチャ嬢の給餌やほかの子たちのお世話もあり、とても大変だと思いますが、どうかできるだけあんず坊との時間を大切にお過ごしくださいね。
長くずっと親子として一緒に生きてきたことでしょうが、今の1分1秒は若い頃のそれとは比べ物にならないほどの重みのある時間なんだと…身を以て感じたことですから、どうしてもそれを言いたくて。
もちろん、これ以上ないというくらいあんず坊のそばにいらっしゃることを解った上で、です。

だってね…↑の新記事のあんず坊の瞳の中には「おかあちゃん」しか映ってないんですもん。
大好きなおかあちゃん、初めて目が合った時から、抱っこしてくれた時から知ってる大好きなおかあちゃんしか映ってないもん。
だから、どんな時でも家主様が撮ったあんず坊のお顔は「子猫のまま」の甘えん坊のお目目をしているんだと思うんです。
かわいいあんず坊、本当にいい子。
おかあちゃんを大好きなあんず坊…そんなあんず坊のことがワタクシは大好きですよ。
どうかおかあちゃん、おとうちゃん、チャチャ嬢、ヤムヤム嬢、グレ坊、ライス嬢、リオ嬢と大切で愛しい時間を穏やかにゆっくりと過ごせますよう、こちらから祈っていますので。

あんず坊、安心していいとよ。




ピエールさんへ☆

おこんばんは☆
お気づかいを色々とありがとうございます。
頂戴したお言葉、本当に私の心を軽くしてくださるようで、嬉しかったです。

あんずの場合、3年ちょっとで悪化が進み、今現在、このような生活になっておりますが、それでもまだ気力は時々出したりします。
病院に行く時なんて、家では殆ど鳴かないのに、以前と同じような文句の言い方をしてくれますよ(^^)
それが今はとても嬉しく思えたり。元気な時は「我慢しなさいよ~今日くらい!」って言ってましたけど。
体力的には、老衰もあるのでどんどん落ちてきたな~という、寂しい思いはあるのですけど、これはどの生き物でも避けることの出来ない事ですもんね。
あんずだけが奇跡席に老いない・・・なんてありえませんし。
腎不全の闘病も、15歳近くで発症ですから、そこから超高齢に向かうと同時によく3年も頑張ってきたな~と思います。
他の事で不具合が起こってもおかしくない年齢ですしね。
逆に、腎不全だけで良かったのかもしれません。
発作に関しては、今はもう原因が腎不全の悪化であると解っていますので。
それ以前は、脳の検査・・・手術が必要なのでしないでおこうとか、色々ありました。
それをしたところで、手術可能な場所の癌だとか、何だとかあっても負担が大きすぎる、逆に検査手術しても何もわからない事もある・・・ということで、投薬のみで来ましたが、腎臓の数値が徐々に悪化すると同時に発作も回数が増えてましたので・・・。
今頃結論が出た感じですが、それでも無理な事はさせず、ここまで来られたのはかえって良かったように思います。
結局のところ、腎不全が色々引き起こしてきた問題に対して、あんずがとても頑張ってきた、そう言えるのでしょう!
なので、もうこの段階に入ったら、あとはあれこれ頑張り過ぎず、時間を大切に、その時間の過ごし方もあんずに負担を強いる事は減らしつつの・・・と思いまして。
通院治療は最低限必要な胸水の抜水、時折の血液検査・・・にとどめておきたい気持ちです。
再入院がもしもあったとしても、それは自宅で過ごすための応急処置的なものであってほしいですし、9日間という長い入院の結果が芳しくないわけですから、再入院しても同じ事、もしくはそれより入院中に悪化してしまう事もあり得ますよね。
決定的な解決策が無いのですから。なので治療のための長期入院はあまり意味がないように思います。
あんずは、今、大変さと同時に、家に居ることに安心感を覚えていると思います(^^)
家でも強制給餌はあるし、投薬はあるし、点滴もありますけど。
やはり、我儘が言える環境は大事だと思います。
みゃあこちゃんの時も、あれこれ無理強いはされず、みゃあこちゃんが一番落ち着ける環境作りやお世話の仕方をされていましたよね。
色々やってあげたい事はあっても、本猫がそれを受け付けるのがつらい状態の時は、こちらもぐっとこらえておかねばならない事も出てきますね。
でも、サンディの時も思いましたが、今まで通りの介護が不可能になってきても、それは仕方ないのだろうと思いましたよ。
だって、同じペースで介護を頑張りたくても、本猫の体がどんどん変わっていくのですもの。
それに合った介護に切り替えていくしかないんですよね。
ああすれば良くなる!とか、はっきりした道が見えていない限り。
同じ量をずっと食べさせたくても、そう出来なくなってきたら、可能な範囲に切り替えざるを得ない。
それがとても辛くて心配で悲しいと思っても、それ以上欲していないのだろうから、押し付ける事が返って負担を増やしているだけで苦しめているだけで・・・。
そう思うようになりました。サンディが「もう要らない、点滴はもう必要ない」と亡くなる当日に目で私に話したこと、ものすごく記憶に残っていて。
なので、あんずの介護に関しても、彼が何をどう思っているのかを見逃さないようにしなければ、押し付けるだけの介護になってしまいそうで。。。
「欲しくない」と言われたら、素直に「そうね、じゃあ、明日また頑張ってみようか」と給餌を途中で引き上げたり。
これはもう、育ててるこちらと相手との関係でしかわからない「会話」ですよね。傍から見たら「もっとできそうなのに」とか思われるかもしれないけど。
その辺はね~少しでも良くしてあげたいと思ってくださる病院側とのある種の「温度差」が生じているかもしれませんが、私はこれでいいと思っています。
みんながあんずの事を思ってくれて、考えてくれて、一生懸命一番いい方法を模索してくださって。
私は私で、あんずの負担を少しでもなくすようにして。
どちらも間違ってないんですから。
あんずはきっと、まだまだそれを感じながら日々を過ごしてくれると思っています。
先ほど、残念ながら発作がまた起きてしまいましたが、比較的大人しく落ち着くのも早かったですよ。
今日はもう、残りの投薬だけ頑張ってもらって、給餌は取りやめます。
朝も夕方も、いつもよりはたくさん食べてくれましたから。
体重が減って行っても、それを気にするあまり無理に量を増やすのは可哀想ですね。
減るのは当然だと・・・減っていくのが自然なのだと・・・思う方が良いのかも。
人間も老齢になると減りますからね、嫌でも小さくなりますし。
あんずだって、もう90歳ほどですから、食欲そのものが落ちるのは当然。
で、病気もあるのですから、当然です。
自分から水を飲まなくなった時点で、本来は終わっているのですから。
そうそう、これからも、家で好きなようにしてもらうのが一番です(^^)
もう十分頑張ってきましたからね。あとは好きなように!です。

家事・・・ん~っと・・・全然していません(笑)
料理は夫がしてくれています。
掃除は実家の母が2週間に1度来て、雑草取りを手伝ってくれて、雨の日は家の中の片づけを手伝ってくれています。
私1人でやっていたことが今は分担してもらえるようになったので、介護に専念できる状態になりました。
仕事も、やっと夫が本気で経理に取り組み出し・・・税理士さんが日夜やってこられて指導を受けているような感じですが、本当は私がまったくできなくなったので法人税の納付に間に合わないという・・・どえらいご迷惑をおかけした結果のことです。
今後は、夫がメイン(本来はこうあるべきだった)で会社をやって行ってもらいたいのと、私はもちろん一緒にやりますが、2人で同じことを理解し、同じように仕事が出来る能力を持つべきだと思っているので、夫にはそれこそ頑張ってもらいたいと思っています。
まあ、前から言ってたんですけどねぇ・・・もしも私が出来なくなって修羅場になったらどうするんだと。
だから、もしもに備えて経理を理解してほしいと、最初の頃一緒にやっていたのに、すぐにそれを辞めてしまって。
結果、予想通り修羅場になって今アップアップですよ。言わんこっちゃない。
税理士さんには後ほどお詫びをさせていただくと同時に、今後の在り方を踏まえて色々会社の中も整理し、働き方についても考え直したいと思います。
私が主になって会社を経営してきたのは、夫がサラリーマンだったからで、もうそれは無いんですからね~幸い?このタイミングで、業務委託契約をしている元の会社の更新が、今後はされないことになったようなので、自動的に8月以降は我が社の仕事に専念!となります(笑)
色んな天の采配があるのでしょう。良きにつけ悪しきにつけ。
生活スタイルも変わっていく・・・そんな時期に来たように思います。
とにかく、私は仕事の分担をしてもらって、介護の時間(今後も起こる)が確保できるよう、本来の家事に取り組めるよう工夫していきたいと思います。
いつもご心配をいただき感謝です。ありがとうございます。
これからも、私なりの頑張り方でみんにゃを守って行きますね(^^)
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 いらっしゃいませ
プロフィール
HP「サン・チョボ家へようこそ」

家主です。

Author:家主です。
家猫6匹+庭猫5匹の母業にいそしむ猫バカです。愛玩動物飼養管理士1級です。でも 落ちこぼれなので あんまり質問しないでね(笑)
関西在住。趣味はピアノ(ショパン大好き!)歌うこと・旅行・食べること!
でも、キュウリとアンコは嫌いです(笑)
好きなピアニストは クリスティアン・ツィメルマンとマウリツィオ・ポリーニ。こんな私ですがよろしくお願いいたします☆

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