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グレご愛用。

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グレの寝顔です。
いつもはもうちょっとマシな顔してますよ(笑)

どこで寝ているのかというと・・・


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サンディに買ってあげたペット用コタツの上です。
ほんの少しの間しか使うことがなかったのですが、
猫座敷に持ってくると、グレがいたく気に入って、占領するようになりました。

元々、ライスが入ってくれたらいいなって思って持ってきたのですけど・・・。

ヤムヤムから逃げるのに、隠れ場所兼自分だけのコタツって感じで。

思惑通り、中にはライスが入ってくれたこともあったのですが、
ヤムヤムが私の居る寝室のコタツに入るようになったため、
猫座敷の人間用コタツにライスが安心して入るようになりました。
よって、このペット用コタツは殆どグレ専用になったのです。

ところが、グレは中に入るより、上に乗っかる方が好きみたいで・・・。
リオが乗っかることもあるのですが、追い落としてまで占領しています(--;)

上も中も使えるんだから、仲良くシェアしてね。

まあ、触ってみた感じ、中はほんわ~かした温度ですが、
上の方が直接暖かさが伝わる感じがします。



サンディの添い寝がなくなって寂しくなった私に、
あんずとチャチャが最近付き合ってくれています。
あんずは左側、チャチャは必ず右側で寝るのですが、
あんずは前にも書きましたが、誰かが運動会を始めると、
それが気になってすぐに出て行ってしまいます。
チャチャはそういう事がなく、何時間でも一緒に寝てくれます。
今までチャチャが添い寝をしてくれた事はなかったんですけどね。
でも、サンディのように腕枕を要求する事はなく、
脇の下で丸まっています。
それでも添い寝があるのは嬉しいですね(^^)


そうそう。最近写真を整理していて見つけました。
忘れていたのです。

小鉄の写真です。
私的にはとってもレアな写真です・・・。

というのも、生後2ヶ月の小鉄だからです。

だけど、何が写ってるのか、実際の写真を見ても見つけるのに苦労します。

なぜなら、その当時の私は、カメラの扱い方を知らなかったので、
いい加減にシャッターを押したからです。
現像が上がってきてびっくり。
え?どこに小鉄が?って探しましたよ(笑)

それが↓の写真です。

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実物の写りが悪いので、どうやってもそれ以上鮮明にはなりません。

えっとね、1.5メートルほど離れて見てもらったほうが形が分かるかも(笑)

生後2ヶ月の写真はこの時撮ったものだけなのです。

とってもとってもちっちゃくて可愛かったですよ。
そして仔猫なのに凛々しかったです。

ああ、もっとちゃんと狙って撮るんだった・・・。

今まで何千枚も猫の写真を撮りましたが、
未だに後悔するのは、この時の写真です(^^;)



写真と言うと、数ヶ月前にコンデジを買い換えました。
古いコンデジ、動画の音も雑音が多くなり、ピントも狂いだしたのです。
新しいコンデジは、前のタイプのバージョンアップした物で、大きいです。

カメラはデジイチも持っています。
夫の友人で、カメラの専門雑誌にも写真を選らばれるほどの腕前の人から、
ニコンD-200を使わなくなったから買わない?って言われて。
30数万したというそのカメラを、10万で買いました。
猫達が綺麗に撮れるって思って。
確かに綺麗なのですが・・・使い切れませんでした(笑)
重い、難しい・・・私のような趣味レベルの人間には、勿体ないのですね。
きちんと使えるようになりたいと思っていたけど、
その暇もなく、手にするのはやっぱりコンデジなのです。
だってお手軽ですもの、持ち運び(笑)

ああ、どうしようかなと思っていたのですけど、
先ほど夫から「会社の後輩が譲ってくれって言ってるから良い?」
と言われ、OKしました。
8万で買ってくれるそうです。やったー!(笑)
無駄にならずに済みました。
ちゃんと使ってくれる人に渡った方がカメラも喜びますね。
この収入で、カウンセリングの費用が捻出できますし、私もありがたいです。

これからは、コンデジでいいショットを狙うよう頑張ります。
デジイチは・・・私にとっては「豚に真珠」?でした(^^;)

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ねこものがたり♪サンディ・チョボ・アーロンの話。

2代目たまは、シャム・ジャップ・クロ・イド・ルーの5兄弟を産んだ翌年、
更に3匹の子達を産みました。

それが、サンディ・チョボ・アーロンです。

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私がサンディと出会ったのは9月でした。生まれて4~5ヶ月くらいでしょうか。
同じ年の4月には、ジャップを母とする小鉄達が生まれていますが、
小鉄達より数日後に生まれたような気がします。
はっきり誕生日はわからないので、5月1日を誕生日としています。

サンディと出会った時の衝撃は今もって忘れられません。
あまりに愛くるしく、物怖じしない態度に一目ぼれ・・・というより、
以前も書きましたが、何か強いものを感じたのです。
1年上のシャム姉に連れられて、ご飯を食べに来るようになりましたが、
出会って1ヶ月もしない頃、元気がなくなり、
何とか捕まえて病院に行くと、お腹に回虫を湧かせていることが判明。
連れて行ったのが夜の診察だったのですが、
このまま庭に返すのは良くないでしょうと先生から言われ、
その夜からサンディは家の中で過ごすことになったのでした。

今もよく覚えていますが、家の中で猫と暮らすことに、
それも突然そうなったので、何の用意もなく、
私と夫は急いで、閉まりかけているペットショップへ走り、
トイレとカゴを買ったのでした。
でもね、当時は、今ほどペットショップが無くて、
見つけたその店もワンコさん専用~(笑)
猫トイレがどういうものかまったく知らなかった私は、
しかたなくワンコさんのトイレを買ったのですが、
平たい板に申し訳程度の淵しか付いていない平らなもので、
当然猫砂も売ってなくて、家に戻ってツボ庭の砂利を入れたのでした。

翌日から猫の飼育本を買って、本当はどういう物が必要なのか、
どういう風に世話をしたらいいのか、
勉強が始まったのでした。

今までシャムにくっついて行動していたサンディですが、
その夜は特に外に帰りたいという事もなく、
落ち着いた様子で家で眠りに付きました。

元気が戻ってくると、散歩に行き、夕方になると家に戻り・・・
そうやってすぐに、今まで暮らしてきたスタイルになったのです。

猫が家の中にいる・・・へぇ・・・

夜寝る時も朝起きた時も、この可愛らしい子がいるんだなあ。
とてもワクワクした毎日だったことを覚えています。

その後のサンディの様子は、これまでHPやブログに書いてきた通りです。
狩りの名手であり、飛んできた雀さんを口でキャッチしてしまったり、
柿の木の天辺に登ってみたり、とにかく快活で散歩命で、
年に数回は1日半のプチ家出を決行し・・・
私に何度心配をかけたことでしょう。
尻尾の靭帯断裂もありましたし、回虫を湧かせたことも多かったです。
カエル・・・蛇・・・まあ、色々居ましたので(^^;)

真冬でも夜中の2時に散歩に行き、朝5時半に帰宅はしょっちゅうでした。
私が立てる物音で、次にどういう行動を取るかも、
とてもよく知っていました。
後ろを向いたまま耳だけ私の方に向けて、
私の次の行動にあわせて動いていましたよ。
賢かったですね。

サンディの想い出話はまだあるので、また後日ということで。


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サンディと同腹のチョボ。サンディより短い一生でしたが、
彼が家の中で暮らすようになったきっかけは、
サンディを保護した3ヶ月ほど後、猫風邪で死に掛けているところを見つけたのがきっかけです。
数日姿がないなと思っていたら、
酷い鼻水(足元までぐちょぐちょ)、目が開いていない状態で、
冬の寒風の中、立ち尽くして動けないところを見つけました。
すぐさま入院でした。
もう少し遅れていたら助からなかったと言われました。
10日間の入院で命は取りとめ、退院できたのですが、
この時から人慣れしなかったチョボの性格が180度変わって、
私や夫の傍から離れないほどの甘えん坊さんに変身しました。
それまでまったく可愛くない性格だったのですよ(笑)
今のチョボしかご存知ないお友達には、とても意外なことなのです。

これで家の中に2匹の猫が暮らすことになりました。
姉弟なので、仲良く一緒に眠って、遊んで。。。
何だか相次いで家の中に猫がやってきたね。
やっていけるのかな?2匹も居るなんて・・・
たった?2匹の猫のことで、当時の私はやっていけるのか、自信が無かったのです。
そんな自分が懐かしくなりますね(笑)

チョボは猫風邪の後遺症を晩年まで引きずっていました。
それほど酷い風邪だったのですから、仕方ないと言えば仕方ないのですね。
天真爛漫な性格に生まれ変わり、誰からも愛されるようになりました。
チョボの個性は鳴き声にあり、猫らしくないお喋りで楽しませてくれました。


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たった1枚の写真しか残っていないアーロンです。
以前使ったものしか見つからず・・・写りも悪くてお見苦しいですが。

彼の毛色は、誰にも似ていませんでした。
サンディとチョボのお父さんも、それぞれ違う可能性がありますが、
アーロンに至っては、まったく別のオス猫さんがお父さんなのでしょう。
慣れてくれる間もなく、3ヶ月ほどで独立して、
すぐ近くの家の人に可愛がって貰って、
そこで数年間ご飯を貰っていました。
飼い猫になった風はなかったのですが、
しっかり食べていたせいでしょう、
1年後には丸々としていましたよ。
この写真は4ヶ月頃だったとは思いますが、
なにせ普段から殆ど姿を見せてくれなかったので、
名前は付けたものの、声に出して呼ぶ機会には恵まれませんでした。

サンディやチョボに比べて短命だったかもしれません。
5年近くは姿を見かけましたが、ぷっつりと居なくなったからです。
でも、ちゃんとご飯を沢山くれる人に巡り会って、
彼は彼なりに自由で幸せだっただろうと思うことにしています。


サンディが私の子になったことをきっかけにして、
サン・チョボ家はスタートしました。
本当は、たまにご飯をやっていた夫の従兄弟が、
生まれた子達は迷惑だから保健所に連れて行くと言い出したのですが、
私はそれを阻止したのです。
彼は、シャム猫さえ居ればよかったらしく・・・。
それ以後、ジャップが産んだ小鉄たちも私が引き取り、
全員不妊手術をして、サン・チョボ家の中核をなすオリジナルメンバーが揃ったのです。


次は、ジャップが産んだ小鉄・ハナのお話です。



☆関係のない話。

昨日、不調に陥っているピアノを技術者に見に来てもらいました。
電話で話した際、「湿気の可能性がありますね」と言われていましたが、
やっぱりそうだったようです。
湿気を取って、ピアノの状態を安定させるために、
電熱器をピアノに入れました。
えっとね、長い棒で発熱するモノなんですが、名前をど忘れ。
24時間365日ず~っと入れっぱなしです。
ほんわかあったかい程度なのですが、これで湿気や冷えすぎを防ぐそうです。
気温の変化は、生き物であるピアノには大敵なのですが、
ここまで急に沢山の不具合が出るのは、ちょっと大変みたいですね。
これで一切触らず24日まで様子を見ます。
24日は調律師さんが来てくださいます。
ピアノの中の温度を変えることによって、
色んな箇所が一気に変化を起こすので、
調律だけではなく、整音作業も必要だそうです。
見積もりを頂きましたが、えっと・・・ふふん。。。かかりますなぁ・・・(^^;)

これで無事に元に戻ればOKです。
何もしなくても直る状態ではないので、仕方ありませんね。

ちなみに、私のこのピアノ。
ポーランド製でメーカー名は「LEGNICA(レグニカ)」ですが、
調べてみても、詳しい情報はなかったそうです。
調律・修理をお願いしたお店は、ヨーロッパピアノを専門に扱うお店なのですが、
2000年までは作っていた事はわかったけれど、
それ以降は吸収合併したのか、廃業したのかもわからなかったそうです。
とにかく、日本では殆ど見ないピアノだそうです。

後で自分で再度検索して調べた結果、
こういう質問をされてる方の記事を見つけました。
「思い入れのあるポーランドのピアノLEGNICA・・・日本で流通していないピアノ・・・」
この方は売りたいのだけど、流通してないからどうやって売れば一番いいのか(値段のことなど)を質問されたかったのでしょうね。
会員制のサイトだったので、登録しないとこの先が読めなかったので、
私にもこれ以上は何が書かれてあったのかわかりませんけど。

以前調べた時は、ヤマハさんが一時期、輸入して販売していたことがあると出ていたのですけど。
まあ、選んだ義弟に聞くのが一番いいのでしょうね。
聞く気にはなれませんが・・・はっはっは。

というわけで、日本で滅多にお目にかからないピアノ。
希少価値?ということで、しっかり手入れをして練習に励みたいと思います。

あと、10日の辛抱じゃ・・・。

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ねこものがたり♪シャムとジャップの話。

少し間があきましたが、
今日は2代目たまが初産で生んだシャムとジャップのお話です。

先にも書きましたが、たまはシャムとジャップの他、イド・クロ・ルーという子達を産んでいます。
でも、ある程度の時期まで庭に残っていたのは、シャムとジャップの2匹でした。

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デジカメがない時代の写真なので、古くて写りもよくありません。
頭に乗せているのは、庭に勝手に生えていたスミレです。

シャムはとても穏やかで、面倒見の良い猫でした。
私が嫁いで来た時は、すでに生後半年ほどだったように記憶しています。

嫁いで来て、すぐに仲良くなったわけではありません。
暫く私は様子を伺い、向こうも同じような感じで、
庭で出会ってもお互い近寄ることをしませんでした。

そのうち、少しずつお互いに距離を縮めていったのですが、
ごく近くに来るようになってから1週間後、私はシャムを膝の上に抱っこしていました。

とても大人しくて、今思えば、滅多に鳴き声を聞いたことがなかったように思います。

彼女は、その後生まれた妹のサンディ達を連れて、
私の家に来るようになりました。
そうしてる間に、2代目たまは姿を見せなくなりました。

シャムはサンディ達を引き連れて、私の家でご飯を食べるようになりました。
警戒することなく家の中に入り、カリカリを食べ、
廊下で横になって眠り、座敷で眠り、
ごく当たり前のように、家に自由に出入りするようになっていったのです。

シャムの周りには、同腹のジャップが初産で生んだ小鉄やハナもいました。
シャムは妹分達から信頼も厚く、甘えられる存在だったのですね。
私から見ても、遊んでやったり舐めてやったりと、
結構世話をよく焼いていたように記憶しています。

シャムはその後、腸が外に出てしまう病気になりました。
見つけた姑が病院へ連れて行って手術になりましたが、
退院して暫くして姿が消えました。

私は、ずっと心配して探し回っていたのですが、とうとう見つけることができませんでした。

4ヶ月近く経ったある日の夜、私は夢を見ました。
それはとても不思議な夢でした。
私の家の裏の庭に、シャムや居なくなったクロなど数匹がいて、
窓越しにこちらを見ているのです。
「あ!シャムもみんなも帰ってきたの!?」と私が言うと、
シャムの全身がみるみる黒くなっていきました。
そこで目が覚めたのです。

変な夢だったなと思ったまま、数日が過ぎた頃、
その頃もまだシャムを探して心配していた私に姑が言いました。

実は4ヶ月ほど前に、義父の菊作りの作業に使う棚の奥の方で、
シャムが亡くなっているのを見つけたのだと。
亡くなって暫く経っていたようで、黒ずんでいたのだそうです。

シャムの亡骸は、我が家の分骨のお墓の横に埋葬したそうです。
私が悲しむと思って、義父が内緒にするように言ったのだとか。

あの夢は、シャムが私に、もう天国にいるからと教えるためのものだったのかな。
とても不思議な体験をしました。こんな事は後にも先にも1度きりです。
わずか2年ほどの付き合いでしたが、
冬には、一緒の部屋でこっそり寝たりしたこともあって、
短い付き合いではあっても、とても楽しい時間を過ごさせてくれた子です。
この家に来て、ちゃんと猫の相手をしたのがシャムでしたから、
私にとっては自分の人生を変えるきっかけをくれた猫と言ってもいいと思っています。

今でも、あの青くて美しい目を忘れることはできません。


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シャムと同腹のジャップです。
まったく慣れてくれなかったので、ろくな写真がありません。
人間で言うと、決してニコリともしないようなタイプ。
性格もきつく、2年ほど庭に居ましたが、シャー!っと言われることもよくありました。
彼女はシャム達と一緒にご飯を食べてはいたのですが、
普段は殆ど姿を見なかったように思います。

母親である2代目たまも、これほどきつい性格ではなかったのだろうと思いますが。。。
彼女と殆ど触れ合えなかったのは残念です。
なので、彼女に対しての想い出や記憶があまり無いのです。

ただ、彼女は初産で小鉄とハナ、早くに独立したアントニオ、
名前を付ける暇もなく居なくなったもう1匹の猫の計4匹と、
2年目には、佐助と銀を含めた5匹の猫達を産みました。
佐助達を産んで2ヶ月ほどしたら、姿が見えなくなりました。

ジャップもたまに倣って、ここに居れば大丈夫と思ったのかもしれませんね。


次は、2代目たまが2年目に産んだサンディ達のお話です。

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鬱々悶々。

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今日の記事はまったくもって独り言です。スルーしてください。
でも、書いてすっきりするなら(すっきりまでは行かないでしょうが)・・・
と思うけど。どうなんだろう。自分でもわかりません。

サンディが亡くなってもうすぐ3週間です。
不思議なことに、亡くなって数日後からサンディが私の中にいるという感覚がとても強くなりました。
感覚ではなく、見えるといった方がいいのかもしれません。
思いのほか、そのせいで喪失感は少なく済んでいるのですが・・・

自分がおかしくなったのかと思ったこともありました。
でも、この件に関してはそういうわけでもないみたいです。
ないみたいですって言うのも変なのですけど・・・。
安心感みたいなものがあるので、多分おかしくなってはいないのだろうと思います。

ただ、昔の写真を眺めていると、あの頃に帰りたいなと思ったりします。
それは猫たちがたくさんいた時代だからというだけではなく、
自分自身が何も背負っていなかった気楽な時代だったからというのが大きいのかな。


私は嘘をつかれるのが大嫌いです。
その場限りの言葉も嫌いです。
詭弁はもちろん嫌いです。
自分では、出来ることと出来ないことをはっきりさせるようにしており、
その上で引き受けられるかどうか、引き受けられなくなった場合は説明をするようにします。
しかし、それが通用しない相手もいますよね。

とんでもなく体調が悪い時にうちの班の婦人会の理事から電話がありました。
お花見の当番の打ち合わせに顔を出してくれということでした。
事情を説明して、当分顔は出せそうにありませんと勘弁してほしい旨を伝えたのですが、
「当日のお花見は行かなくていいから、打ち合わせに来て」と言うのです。

意味がわかりませんでした。
行けない人が、打ち合わせに無理して出て何になるのか。
こちらの体調不良は考慮してくれないのでしょうか。
行けるならそう言いますし、
現に、婦人会の集まりにはちゃんと1度だけですが参加しています。
体調不良を口実にさぼろうとしていると思われた感があって不快でした。

そもそも、殆ど行けません、顔を出すことも出来ないと思うけど名前だけでいいというのなら・・・
というのが条件だったはず。
そんなの、結局入ったら関係なくなるのだろうとは思ってはいましたが、
体調不良が通用しないなら、いったいどうすればいいのでしょうね。
仕事でも義務でもない、婦人会のお花見のために、
皆さん、体調不良でも無理して参加してるのでしょうか?
行けない人が打ち合わせに顔を出しても、何になるのかさっぱりです。

私が「病院にも行きたいので」と言っても、
上記のような「当日はいいから打ち合わせだけは出て」という冷たい言い方だったので、
当日がどうのではなく、今がしんどいんですと言い返したくなりました。

結局、私の体調不良は通用せず、仕方なく、その時まだ確定されてはいなかった姑の癌疑惑について言わざるをえなくなりました。
言わざるを得なくなったというより、口実に使わせてもらうしか手がないと思ったからです。

すると、途端に掌を返したようになりましたね。

おかしくないでしょうか?
家族が病気だったら欠席はOKで、当人が不調ならNOって。
参加するのは当人でしょう?家族では有りません。

姑の癌は乳がんです。手術は先日済みました。
その前に、足の再手術で入院したのですが、入院先で癌が見つかったのです。

足の件で再入院したことは、組の方や村のほかの方にはあえて言いませんでした。
再入院であることと、いちいち聞かれもしないのに、
こちらから電話をかけまくることはないという判断からです。

ところが、あることで、組の他の方からお電話がありました。
その方は私と同じ年で、お付き合いがしやすい感じの人なのですが、
その方のお姑さんがデイケアを利用したいそうで、
一人だと不安なので、うちの姑と一緒に行ってもらえないかというお話でした。

その時、私ははじめて姑が再入院したことをお伝えしました。
こういうわけで、暫くご一緒することが不可能ですとお伝えしました。
その時、その方は「皆さんには黙っておいた方がいいでしょうか?」
とお気遣いくださいましたが、
あえて隠すことではないので、もしどこかで話が出たら言ってくださっても差し支えはありませんとお話しておきました。
ただ、聞かれもしないのに、こちらから言いふらすことでもないので・・・
そういうと、「それはごもっともですよね」と納得してくださり、お話を終えました。

その時は乳がんが見つかっていない時だったので、
私もその方も、姑は足の再手術で入院だという事で終わっていたのですが、
その理事から電話があった際、
足の件で入院したら癌らしきものが見つかって、今検査中で、
家族もバタバタしてますから・・・と言ったのです。

先に電話でお話した方が理事に姑の再入院の事は、お話になってないことがその時わかりました。
なぜなら「全然聞いてなかった」と言われたからです。
報告する義務があるとも思ってないので、
この前、これこれこういう件でAさんからお電話を貰った際、
初めてお伝えしたことで、他の方にも何も言いまわっていないのですと説明しました。

そしたら、2、3度繰り返してこう言われましたよ。
「Aさんは知ってるのね?Aさんは聞いてるのね?」と。

なんでしょうね?
自分が知らないことが気に入らないのでしょうか?
人の家の、プライベートな事を知らねばならない理由がありますか?
もし、姑が何か役を引き受けていて、出来なくなったというのなら、
これこれこうで・・・と説明しなければなりませんが、
とっくに婦人会には顔を出さなくなってますから、
その後の様子がどうであれ、いちいちこちらから姑の病状まで知らせる必要があるとは思えません。
要は、自分は理事なのに、理事ではないAさんが先に知ったことが不快だったのではと思いました。

先日の電話がなければ、Aさんも未だにご存じないことです。
電話があったから、事情を話すのに言ったまでです。再度私はこう返事をしましたが・・・

こんな嫌な人だったのかとがっかりです。

おまけに上から物を言われました。
「そういう事情なら、皆さん親の介護はされてますから、許して下さいますよ」と。
私も「お役に立てなくてすみません」と謝りましたが・・・なんかすっきりせず。

許して貰う必要があることでしょうか?
私が思ったのは姑の体調や病気が云々ではなく
当の私の体調不良について勘弁してくれることはないってことですね?って事でしたが。

夫に「おかあさんが入院してること言っちゃったよ」と言うと、ちょっと嫌な顔をされました。
なんでわざわざ話すんだ?と言いたかったのか?
「でも、そこまで言わないと、引き下がってくれなかったんだもん」と私。

うんざりしました。

名前だけで言いと言ったのはそちらです。
殆ど出られないと断った私をそう説得したのはそちらです。

一度はきちんと顔を出しましたし、
その時は花見の下見のことも私なりに考えていましたよ。
でも、状況が変わってしまったのです。

私の体調不良は、あなたが言うような夏ばてとか、そんな単純な事ではないのです。
18年近く積もり積もったものなのです。
でも、それを説明しようとすると、姑の本性や、義父のお金の云々かんぬん、
伯父親子の無法ぶり、仕事をするはめになったいきさつ、経営や借金の苦労、
義弟夫婦のことなど、全部話さなければ理解されません。

それを言えますか?あなたが私の立場なら、どうします?
言えませんよね。普通ね。家の恥ですから。

誰しも体調不良は起こりますよ。
夏バテとか、仕事疲れとか、そういう単純な目で見るしか出来ない人は、
同じ苦労や心労を抱えた経験がないからでしょう。
ご苦労されたことがないからでしょう。

少なくとも、同じ組の人間が体調不良でごめんなさいと言ってるのだから、
理由はどうあれ、察してくれるのが理事の懐の大きさでは?

なんだか必死に見えて嫌でした。
うちの組は人数が少ないので、一人でも欠けると、理事として面子が立たないみたいですね。

Aさんが理事なら嫌だとは言いませんが、この人が理事なら嫌だな。
正直、幻滅しました。

私の今の体調不良は、完全に精神面での不調です。
何かやらねばと思っても、殆ど出来ません。
出来るのは、ほんとに少しずつ。
サンディの件とは関係なく、数ヶ月前から自覚がありました。
あまり口にはしていませんが、夫には「ちょっと変」とはこぼしてます。
でも、まあ・・・真剣に受け止めてないかな。
現に仕事は行ってますしね。ご飯も食べてますしね。

自覚があるうちに何とかしたいと思っています。
先日、ナイナイの岡村君が実は鬱で入院だったと知って、
ああ、いきなりこうなったら大変だと思ったからです。

その上での、今回のこういうやりとりは、私を更に傷つけました。

夫からも「婦人会は暫く出られないと思うのでよろしく」と言ってもらってるのですよ?

この方、人の話を聞いてないのは、前から薄々思っていましたが。
私の外の仕事の日が、火曜日と金曜日だと会うたびに言ってるのに、
「火曜と金曜は仕事がない日っていってましたよね?」と火曜日に何かを設定しようとしていました。
逆です!と、半ば怒りたくなりました。何度聞けばわかるのだろう、この人ったら・・・。


それから最近また携帯に電話がありました。
着信を見た途端、私は電話を・・・ベッドに放り投げてしまったのです。
以前の私なら、嫌いな人からでの電話でも、無視する事は絶対しませんでしたが・・・。
自分でもこの行動に呆れてびっくりしました。

よっぽどだ・・・。

電話を放り投げてから4~5日経つのに、
未だに以前のお花見の打ち合わせの際の電話の不快さが蘇って、
心拍数が上がってしまいます。動悸もします。胃が痛い。
さぼりたくてさぼってるわけではないんです。
出来ないのです。
作業そのものがいやなのではありません。

ああ、まるで・・・誰かさんに対して思ってるのと同じじゃないか。

どうすりゃいいんでしょ、私。

掛け直すこともせず、ほっておいたら、
来月8日に婦人会の新年会があるという手紙が入っていました。

暫く出られませんの意味は?おわかりでしょうか?
連絡してくださる手間は申し訳なく、ありがたくは思いますが・・・

あなたの顔を見ると、私は心臓が止まるかもしれません。


私は嘘をつかれたり、その場だけの都合の言い話しが嫌いです。
ですから、自分が逆の立場だった場合、
理由があって参加できない人に不快な態度は取りませんし、
名前だけで良いという条件を言った以上、無理は言いません。
そう思っている私自身が、体調不良が認められなかったせいで、
姑の事まで口実にしなければならなかったのは、自分でも気分が悪いです。
口実がなければ欠席できなかったのですから。
嘘ではなく、真実を言ったのであっても、
私と姑はなんら関係のない話ですから、嘘を言ってしまったような気になるのです。
ああ、気分が悪い。

大人って汚い。

ああ、昔に戻りたい。

そういう風に、私もいい年こいたおばちゃんなのに、ぐるぐるぐるぐるしています。

心療内科って最初に何をするのでしょうか?
カウンセリングを受けたいと思ったのですけど、
心療内科についてるカウンセリングは料金がめちゃくちゃ高くて、1~2万しますねぇ。。。
ネットで見てびっくらこきました。
人に話を聞いて貰う方が、今の私には必要な気がしているのですが、
心療内科もお話はきいてくれるのか、カウンセリングみたいなわけにはいかないのか、
やっぱり安定剤しか出してもらえないのか・・・悩んでおります。
行ってみたらわかることでしょうけどねぇ。。。


とりあえず、少しずつ出来ることだけやって過ごしています。

この前までは、1日に3~4つ用事をすることは平気だったのになあ。
更年期障害も出てるのかもしれませんね。

とにかく気持ちが晴れません。


晴れない理由はもう1つ。
ピアノが弾けない。

サンディのことが過ぎて、久々にピアノをいじってみたらえらいことになってました。

打鍵しても、ハンマーが完全にもとの位置に戻らない鍵が10箇所ほどあるではないですか。
だから、音が鳴らないのです。

あああああ・・・

調律も引越しに追われて、結局2年出来てないので、そろそろ調律って思ってたのですが。
調律以前に、これを直してもらわないと・・・。

ピアノは義父から半額で譲り受けた経緯があって、
現在は私の所有物です。
それまで、このピアノを選択した義弟が調律師を雇っていましたが、
これからは私が探さねばなりません。

どこがいいのかわかりませんが、
とりあえず、ヨーロッパピアノに詳しい技術者がいるところを見つけたので、
さきほど依頼をしておきました。

来週月曜日に来られますが・・・
その場で直るならいいけれど、直らなければ持ち帰りの修理もあるとか。

おおごとにならないよう願います。

そして、1日も早く、弾けるようになりますように。

何も考えなくていいのは、ピアノを触ってる時だけなのですから。


今月やらねばならないこと、他にも溜まっています。
経理。まだほったらかし。事務所に足が向きません。困ったもので・・・。

植木屋さん。手配済み。20日から3日間かな。植木屋祭りに期待、ね、ヤムヤム。

近くにある分骨のお墓の雑草取り。夏から取ってないので大変だろうな。

近くにあるハイツの雑草取り。同じく大変だろうな。

家の大掃除。出来ないと思う。

お正月の準備。御節は来年は無し。お餅も出来合いで間に合わせ。


とりあえず、来年は病院を見つけたいです。

カウンセリングに詳しい方がいたら、費用や内容など教えてくださるとありがたいです。

なんか・・・じめじめした独り言でした。ごめんね~~!

テーマ : 今日のつぶやき   ジャンル : 日記

どこでもドアでワクチン終了。

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サン・チョボ家の歴史の話は今日はちょっと置いといて・・・。

あんず・ヤムヤム・グレ・リオ。4匹の3種混合ワクチンを打ってもらいました。

ヤムヤムは9月上旬に予定していたのですが、
下旬にサンディの癌が発覚し、それ以降はサンディに掛かりきりだったので、
3ヶ月遅れてしまいました。
3ヶ月くらい遅れても全然大丈夫ですよと、先生は仰ったのですが。
11月に予定していたリオも打てず、
おまけに、今月はあんずとグレのワクチンも控えていました。

年内に打ってしまいたいと思っていましたが、
どうも身動きがとれそうにないので、どこでもドアを使うことにしました。

はい。往診です。

先生が来られるぎりぎりまで、部屋のコタツで全員まったり。
ところが、次々と拉致されて、10秒ほどで先生の前へ連れてこられたみんにゃ。

あれ?ここはどこ?

使用したのは、サンディが最後に暮らした応接間です。
逃げ隠れ出来る場所も無いので、往診には最適な場所です。

ここは、サンディ以外の猫たちにとって、初めて見る部屋です。
だから、知らない場所なのですね。
いくら移動が10秒くらいと言っても、猫達にとってみたら、
病院の先生はいるわ、触診はされるわ、チクっと打たれるわで、
どこでもドアの楽チンさに気づくこともなく終了となりました。

いつもだったら、自転車で15分ほど走って、
下手すると待ち時間が30~60分ほどあって、
それから打って、帰るのにまた15分。
それに比べたら、なんとなんと、時間が短く済んだことか!
でも、カゴに入っている時間が10秒で済んだことへのありがたみを、
猫達に感じろというのも無理があるんですけどね(^^;)

どこでもドアで楽できたのは、親の私だけだったみたいです(笑)


来られた先生は、サンディの担当の先生でした。

全員のワクチンが終わった後、
応接間に飾っているサンディへのお悔やみのお花に目を留められ、
「愛されてたんですね。サンディちゃんの人柄(猫柄)ですね」と仰いました。
私が、お花の香りにかなり助けられたことをお話しすると、
頷いてらっしゃいました。
サンディのどういうところが愛されていたかという話や、
想い出話等にも、少し付き合って下さいました。
それからこう言われました。

「サンディちゃんはお墓に入っているのですか?」と。

家で全員の骨壷を納める場所を作ってるので、今はそこに居ますが、
この先はいつか墓地に納めることになると思いますと、お話しました。

そしたら「サンディちゃんに手を合わさせて頂きたいなと思ったのですが」と。

もうお気持ちだけで本当に十分です。
(部屋も掃除機かけてないし、猫は毛ボコリ撒き散らしてるし、エライ状態ですので・・・とは心の声)

今まで治療を色々考えて工夫してくださり、
私の不安な気持ちや、心の痛みもご理解くださり、優しい良い先生に恵まれて、
サンディは立派な最期を迎えられました。
本当にありがとうございました。


これで今年のワクチンは全員終わりました。

ただし、13歳のあんずとヤムヤムは、
暖かい季節になったら、内臓の数値のチェックのために血液検査に連れて行くつもりです。


sandy139.jpg

チョボにも作っている遺骨入れのペンダント「エンゼルペンダント」。
サンディにも作り、先週届いたので、チョボのと一緒に毎日身に付けています。



☆余談。

もう年賀状の準備に取り掛かっていらっしゃる方も多いと思います。
私は佐助、サンディを亡くしたため、お出しするのは控えようかどうしようかとまだ迷っています。
頂くのは一向に構いませんが(^^;)
届かなかったら「あ、今年は書かなかったのね」と思って下さいね。

ところで、アメーバニュースで面白い話を見つけました。
なぜ、十二支には「猫」が入っていないのかという話です。
理由は諸説色々あるようですけど、
面白かったのは、実際に「猫」が干支に入ってる国があるという話でした。

『ありましたよ!猫年! 掲載されたリンク先の情報によれば「チベット」「タイ」「ベトナム」「ベラルーシ」などの国では、うさぎの代わりに猫が入っているのだそうです。ということは…、来年の2011年は、地域限定ではありますが「猫年」と言えるのかもしれません。今度の年賀状に猫写真を使う予定の方は、そんな話を一言添えても面白いですね。』
(アメーバニュースより抜粋)

私は卯年なので、来年は年女です。
タイなどに住んでいたら、私の干支は猫だったのですね!
今から引っ越そうかな・・・(笑)

テーマ : 猫のいる生活   ジャンル : ペット

ねこものがたり♪ たまの話。

亡きサンディが長を務めてきたサン・チョボ家。
そのサンディにも、当然親兄弟がおりました。

今日は、サン・チョボ家が出来上がる元となった猫「たま」のお話です。

と言っても、彼女は私が嫁いで来る前からの子で、
しかも、私とは1度会ったきり。
サンディを生んで暫くして、姿を見せなくなってしまったので、
一体どういう猫だったのか、私自身の言葉で書く事は出来ません。

なので、夫に記憶を辿ってもらいました。


tama1.jpg

これがサンディの産みの親「たま」です。

このたまは、2代目たまだそうです。
初代のたまは野良猫で、ご飯だけ食べにくるような、
時々姿を見かける程度の猫だったそうです。

その初代たまが生んだと思われるのが、写真の2代目たま。

この2代目たまも、家でご飯を貰うようになっていたそうですが、
それでも常時居ついていたわけではなく、
やはり野良に近い生活を送っていたそうです。

夫の話では、華奢で神経質だったそうです。
私が偶然隠居の前で出会ったこの時も、
逃げはしませんでしたが、決して慣れてくれそうな雰囲気もなく、
サンディとあまり似ていないなという印象でした。

ちなみに、サンディやチョボは、このたまが2年目に生んだ子達です。

たまは初産で5匹の子を産みました。

シャム・ジャップ・クロ・イド・ルー。

この子達も、私が嫁いで来る少し前に生まれていました。
誰が命名したのかは知りません。

shamukurojapp1.jpg

たまの写真も、この写真も私が撮ったのですが、17~8年前のもので、
しかもカメラを手にしたことがなかった私が撮ったものですから、
とんでもないピンボケです。
この写真に写っている3匹はシャムとクロとジャップ。
残りの2匹とは滅多に会うことがありませんでした。

この庭に残ったのが、シャムとジャップでした。

ジャップは母猫たまの性格に似たのでしょうか。
まったく人に慣れず、私も2年くらいは顔を合わせていたのですが、
最後まで触ることが出来ませんでした。

たまはその後、サンディ、チョボ、そしてアーロンの3姉弟を産みます。
そして、サンディ達が4ヶ月を過ぎた頃、姿が見えなくなったのです。
面倒見の良い姉・シャムに任せてどこかへ行ってしまったようでした。

初代のたま、そして2代目たまがこの家の敷地で子供を産んで、
それが数匹ずつ残り、やがて現在のサン・チョボ家を構成することになっていきました。

私がサンディと出会えたのは、2代目たまのお陰なのです。

だから、たまにありがとうって言いたいです。

サンディにしても、チョボにしてもとても良い子を産んでくれたから。
兄弟だったアーロンは、3~4ヶ月で独立して、近くのお家でご飯を貰うようになっていました。
可愛がってもらえる性格だったのでしょうね。

どうでしょう?

たまってサンディに似てるところがあるでしょうか?
顔はサンディよりきついです。
毛の感じは若干似てなくもないかなって思います。
ただ足の縞模様が濃いですね。


次回は、シャムとジャップのお話です。

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 いらっしゃいませ
プロフィール
HP「サン・チョボ家へようこそ」

家主です。

Author:家主です。
家猫6匹+庭猫5匹の母業にいそしむ猫バカです。愛玩動物飼養管理士1級です。でも 落ちこぼれなので あんまり質問しないでね(笑)
関西在住。趣味はピアノ(ショパン大好き!)歌うこと・旅行・食べること!
でも、キュウリとアンコは嫌いです(笑)
好きなピアニストは クリスティアン・ツィメルマンとマウリツィオ・ポリーニ。こんな私ですがよろしくお願いいたします☆

サンディ
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チョボ
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小鉄
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佐助
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くーちゃん
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あんず
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ヤムヤム
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